| 自己 紹介 |

私は、京都の二条城の近くにある商店街の中の本屋の一人娘として生まれました。両親は、今も本屋を営んでいます。 生まれた時は、2200gの未熟児で、両親をとても心配させたようです。でも、大きな病気もせず、すくすくと大きくなり、大人の出入りが激しかったせいか、人見知りをしない、好奇心旺盛な子供だったようです。 四年生の時、湖でおぼれたことがあり、今思うと、あれは、臨死体験だったのかもしれないなと思う出来事に、遭遇しました。初めは、とても苦しかったのに、次第に体も重くなり、自分が沈んでゆくのがわかりました。気持ちが良くなり、父や母の顔、いろんな場面が、目の前に次から次へと出てきました。 幼心に死を感じた記憶が、今もあります。結局、助けてもらい一命をとりとめましたが、そのことは、それからの私の人生に、少し変化をもたらしました。人は死ぬんだ。死ぬということは、自分の存在がなくなること…!?今やりたいことは、今やらなくてはいけない。今伝えなくてはならないことは、今、伝えよう。そう思うようになりました。 中学時代は、バスケットに汗を流し、高校時代は、大好きな野球部のマネージャーを、3年間、務めました。その3年間は、まさに青春そのものでした。感動できる場面で、素直に感動し、共に泣き、共に喜び、1番輝いた季節だったと思います。あの頃の沢山の思い出や一緒にすごした仲間は、私のかけがえのない大切な宝物として、私の心の中で輝きつづけています。 学校を卒業して、ОL生活を経て、主人と20歳の春に出逢い、結婚して、一人の娘を設け、結婚生活13年目にアメリカへ転勤となりました。私が、自分のことを話したり、思い出したりする時、いつも母の言葉がよみがえります。母は、信仰を持っていたわけでもなくただのオバチャンでしたが、本が大好きで、いろんな本を読んでいて、私に小さい頃から、よく話をしてくれ、沢山のことを教えてくれました。朝は、どんなにケンかをしていても、笑顔で送り出すことを教えてくれたのも母でした。一日の終わりに、今日一日無事で過ごせたことを感謝して、その日の出来事を、日記に一行でもいいから書くことを、小さい頃から言われました。 自分の足跡を残すことは大切なことだと….. 生きてゆくのが苦しかった時期、いろんなことが自分では背負い切れずつらかった頃、人生は一度しかない、自分だけの物語だからと、母は私に言いました。その長い物語のたった一人の主人公は、私で、脚本も演出も監督も自分で出来るこの世に1つしかない物語だと。その物語のたった一人のヒロインならば、沢山のスポットライトをあててあげたい。輝かせてあげたい。同じようなことが、たくさんの人の人生で起こりうるのならば、私だけのこの物語を、私自身が、息を吹きかけて、生かしたものにしたい。そして、誰もがむかえるラストシーンには、ヒロインの私自身が満足のゆくものでありたい…と思います。 今、10歳の娘を育てていて、母が私に残してくれたいろいろなことを、私も私なりの言葉で、娘に伝えてゆきたいと思います。 |