春 が 来 た!
中尾照代さん
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四季の区別があまりはっきりしないこのカリフォルニアでも「春が来た!」と思わされるものを、いくつも見つけることができる季節になりました。 日本のように四季の区別が明確な国では、春のおとずれの実感がさらに強くなると思いますが・・ ・。 「春一番」ということばをご存知ですね。春のはじめに吹く強い風のことですが、「春だ!春だぞ。さあ、みんな起きなさい。」と風が大声で叫んで回っているような、そんな様を思わされます。 春一番が吹いた後、自然界は急速に春の色彩を濃くしていきます。 日本で春に咲く花の代表に梅と桜がありますが、梅は桜よりも先に咲きます。梅の花は何か脇役のような、控えめで、きまじめな姿を感じさせますが、桜の花は、やはり、主役、華麗ですね。着飾った大勢の踊り手が舞台の上に現われて、巧みな舞いをしているような華やかさと優雅さがあります。 その桜の花が、日本のどこで競演をはじめたかを告げる言葉を「桜前線」と言いますね。日本は南から北へと順番に春になっていくのですが、それと並んで、桜の開花も北上を続けていきます。細長い国土の日本ならではの春の絵図を思わせる、ステキな言葉だと思います。 「春」は、ほんとうにすばらしい、美しい季節です。 「春というと何を連想しますか?」という質問に出た答えは「命、光、希望、出発、喜び、活力、暖かさ、新しさ」等でした。人を生かすものがいっぱいですね。英語では Spring と言うように、春には生命の力と輝きが泉のように吹き出てくるのを見ます。 生命の主、神の御子イエスさまが、死をうちやぶって復活されたイ−スタ−が春にあるというのは、そんな大自然の姿を写して、意義深く、象徴的だと思います。 死は冷たく、暗く、絶望と悲惨、圧迫と否定、停止、無力等ですが、イエスさまは、そんな死の世界にあった私たちの魂を、罪によって死んでいたものを、ご自分の命をもって救い出してくださったと、聖書は告げています。春が来ると自然が冬の圧力から解放されて新しい生命の芽を出すように、イエス・キリストを信じる者も、これまで自分を痛めつけて来た罪と闇の力から解放されて、真に新しい生き方ができるようになるのです。 春の自然には造り主なる神の恵みが満ちていますが、神は、イエスさまを信じる者の心と人生にも、春の輝きのような喜びを注いで下さいます。新しくめぐり来たこの春に、多くの人が救い主なるイエスさまを信じて、新しい生き方をすることができたら幸いと存じます。 |