光の子 

中山美代子さん




6月! いよいよ夏休みが始まりますね。学校行きの子供さんのいる家庭では、1年間の学びの緊張が解け、何となく、ほっとする月ですね。そろそろ日本に一時帰国の移動が始まっています。学校に関係のない家庭でも、周りがざわざわし出すと「我が家は、今年はどうしようかな?」と心がはずむ頃ですね。

5月の月例会では、たっぷり時間を頂いて、皆様と楽しく語り合えたこと、本当に良い機会を与えていただきありがとうございました。この白百合会での18年間、実に私の人生の三分の一を白百合会と共に過ごさせていただいたわけで、まさに、共に喜び、共に泣き、多くの方々をお迎えし、また多くの方々を送り出させていただきました。この白百合会で、人々とのお交わり、子育て、教育、夫婦のあり方、最後に良き姑に、良きおばあちゃんになること、を学ばせていただき、こうした、たーくさんの白百合会からのプレゼントをもって新しい地へと、今度は送り出していただきます。

 皆様からごらんになった私は、いつもざわざわ、ケラケラ騒がしく、何がうれしいのか知らないけど、いつもニコニコ。変なおばさん、だったと思うのですが、実は私は小さい頃、「私は生きてていいの?」と劣等感に悩まされていた者だったのです。生まれてまもなく大病にかかり、私の看病に疲れ果て、母はお腹の赤ちゃんを流産してしまいました。その子は両親にとって5番目の子供で待望の跡取り息子、となるはずの子でした。「私のせいで、、、」と人にも言われ、自分でも自分を責めながら、大きくなりました。

実際、私は、悪ガキ大将で、人からあまり好かれてはいませんでした。そんな私が、お多福風邪にかかったとき、隔離され寂しく寝かされていた部屋に教会学校の牧師先生入ってきてくださり、眠ったフリをした私の枕元で、「神様、この光の子をどうぞ癒してして下さい。この子はあなたのご用のためにあなたが下さった光の子供です。」と祈って下さいました。私はそのとき「ガーン」と大ショックを受けました。みんなに「悪い子、どうしようもない子」と言われている子に、こんな風に祈ってくれる人がいる。「私は生きていてもいいんだ。」このときの牧師先生の祈りの言葉は、その後の私の人生を全く変えてしまいました。

 誰が何と言っても、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)と言って下さる方と一緒に、私は今日も生きてていいんだ、と思うと、やはり今日もニコニコしてしまうのです。