自己紹介

N. 文緒

私は2年半前に主人の転職にともなってここシリコンバレーに引っ越してきました。結婚してこの4月で丸12年になりますが、残念ながらまだ子供はなく、主人と老犬のキルシュとの二人と一匹の生活です。この老犬が最近、椎間板ヘルニアで歩くことができず、トイレに連れて行ったり、食事を口のところに持っていってあげたりと介護が必要になって目が離せないこのごろです。そのため外出することが少なく、人恋しい生活をしていたのですが、今日はこうして、たくさんの人とお会いできて、ちょっと舞い上がっています。

私は東京で生まれ育ちました。子供の頃は喘息持ちで毎週病院に通い、注射をし、薬を飲むという毎日でした。食も細くいわゆる虚弱体質でした。水泳が喘息に良いと母がどこかから聞いてきて水泳を始めたのもこの小学生の時でした。週三回スイミングスクールに通い、それに加え夏になると学校のプールや町のプールで泳ぎ、元々色の黒いわたしはますます色黒へと変身していきました。「色黒」にまつわる話しはいくつかあるのですが、その中でもいくつかおもしろいエピソードを紹介します。

小学生の時、幼なじみの男の子がわたしと一緒に遊びたいのに遊べなくてぐずぐずとお父さんに文句を言ったら、お父さんはいつまでもぐずる息子に腹を立てて、「あんな色の黒い子のどこが良いんだ!」と怒ったそうです。それを聞いたその子は、「お父さん、肌の色で人を判断してはいけないって牧師先生がいっていた。」と反論したそうです。その前の週に、私たちは教会学校で黒人に対する人種差別の話しを聞いたばかりだったのです。わたしの色黒が人種差別の話にまで発展してしまったのです。

また、大学卒業を控えて就職活動中の時のことです。Life Saverのアルバイトをしていたので真っ黒でした。面接の試験官がわたしを見て「どこに旅行に行ってきたの?」と聞くほどでした。まさか日本の、それもプールでこんな色に焼けたとは誰も思わなかったのでしょう。そんなわたしに、つい最近「永田さん色白いね」といってくださった方がいて、これは記念日にしなければいけないと思っているところです。

水泳をすることで体の弱かったわたしもそれなりに体力が付き、高校生活はクラブ活動、友達とのおしゃべり、ボーイフレンドのことと本当に楽しいものでした。そんなときに追突事故に遭いました。事故そのものは大したものではありませんでしたが、わたしには首、背中、腰に障害が残りました。その時の痛み止めの副作用で内臓を壊し、いつも身体がだるく、痛みがあり、何をしてもすぐ疲れて集中できない。勉強が遅れていくことの焦り。不安。顔にひどい吹き出物ができ、自分の見た目がすごく気になる。自分の思い描いていた将来の進路や就職のことも思い通りに行かなくりました。すべてのことが台無しになってしまったと思いました。

わたしはクリスチャンホームに育ちました。毎週礼拝に行き、神さまの存在を疑うこともせずに育ち、わたしは神さまを信じていると思っていました。でも、事故に遭い、具合が悪くなったときにある方が聖書のコリント人への手紙 10:13「あなたがたのあった試練はみな人が知らないようなものでない」という言葉をわたしに読んでくれました。そのときに初めて、聖書の中の文字、文章がわたしへの神さまからの言葉なのだと知りました。これがわたしが神さまに真剣に向き合うことになるきっかけになりました。

その後、洗礼を受け、大学に行き、就職、結婚、いろいろと話したいことはたくさんあるのですが、どうぞ、こんなわたしに興味を持った方がらっしゃいましたら、わたしに声をかけてください。最近、引っ越しをしました。まだ、家具もなくガラーンとしていますが、いつでも Open House です。遊びに来てください。おしゃべりしましょう。