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風雨の日に中 尾 照 代 |
この悲しみの理由を主よ、私に教えて下さい
マイナスだけが大きく見えて沈む私に
主よあなたが知っておられる
この悲しみのプラスの面を見させて下さい。
─"祈り"より
「どんな時に詩をつくるんですか」と時々人に聞かれますが「こんな時に...です」とはっきり答えられないでいます。でも私が詩を作るのは、多くの場合、穏やかな晴れの日ではなく、雨の日、嵐の日、寒風の時です。
順境の時には満ち足りた気持ちで過ごしていて、心は余計な活動をする必要がないからか、何となく座っているような状態なのですが、何かあると、心はハッとして立ち上がって動き始めるのかも知れません。そんな時に詩(言葉)が生まれるような気がします。
また私は信仰者でも、試練の時、「これも感謝。ハレルヤ」とすぐにスイスイと乗り越えることができなくて、つぶやいたり嘆いたり、うめいたりするといった精神的な無駄骨を折って時間をかけてでないと乗り越えて行けない、そんな弱くて愚かな者なので...ということかも知れません。(沈着、冷静に黙々と前進できないから...)
聖書の中にも、特に詩篇等の詩歌には、人の世の矛盾、理不尽に苦しみ、嘆き悲しみ、怒り、うめいた人の姿が赤裸々に描かれています。しかし聖書にある詩は神を信じている者がたとえどんなに深い苦悩の中でも、その行く先では、必ずまた主への信頼と希望を取り戻し光を見いだしている事が描かれています。主のみ名をたたえる賛美の歌でしめくくられています。
主に従って行く者は、決して闇の中に沈んで終わってしまうことがなく、弱ることはあっても、きっとまた力強く立ち上がって前進することができる。信仰者の頭上には主の光が常にあるという体験を私もさせていただいて感謝しています。そんな主の恵みへの感謝の詩も、私なりにつたない言葉で歌ってみます。
それから星のようにピカッと光るもの
ほのかに美しいものを目にする時
とても感動するので
それを口に出すのはもったいないような気がして
静かに文字にするのを楽しんでいます。
恵みに満ちた神さまは
この寒々しい人の世にも
数々の美しいもの
輝くものを置いて下さって
私たちを暖めて下さっています。
何とすばらしいことでしょうか!
「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深く、
その恵みはとこしえまで」(詩篇136:1)