白百合会の歩み

中山美代子

 夫の米国赴任中、私は、滞在先の各地の日本人教会に通いました。それらの教会で、駐在員企業戦士の妻として、小さな子供たちの母としての様々な苦労や辛さ、特に、孤独感にさいなまれ、淋しい思いを教会の先輩方の温かい愛と助けによって乗り越えることが出来ました。

 数年が経ち、今度は自分が、外国での生活に戸惑っている方々、淋しい思いをしている方々の手助けができないか、と考えました。小さな子供さんを抱えたお母さん達を何とか助けたい、貴女はたった一人じゃない、みんなと一緒ですよ、ということを分かって頂きたいと思いました。そうした思いから、1984年12月に白百合会はスタートしました。この20年近くの間、牧師先生は吹上先生、大谷先生、中尾先生と3代にわたり、その時、その時に必要なお話をして下さいました。また、東さんも女性、母親の先輩として、私たちをいつも励まし続けて下さいました。

 初期の白百合会は家庭集会として、私の自宅で始まり、教会の先輩方である、梅田さん、伊藤さん、ハンターさん達が、集会中ベビーシッターをして下さいました。こうした力強い支えがなければ、白百合会は成り立たなかったでしょう。この家庭集会のかたちでの白百合会が、長い期間続きました。皆がカーペットにベターっと座って、お尻とお尻が"こっつんこ"のたのしい情景が、今でも懐かしく思い出されます。

 やがて、自宅に入りきらないほど出席者が増え、場所を教会に移しました。会の責任者も中山から、萩本、水嶋、貝沼、松本、そして、現在の江口へと、受け継がれて来ました。会は、10人あまりのスタッフで支えられるまでになりました。会報も、1989年9月、「白百合会便り」第1号が発行され、1991年9月号から「恵みのメッセージ」と名前が変わり、現在に至っています。

 一方、白百合会は、海外駐在員のご家族が多いため、これまでに多くの帰国される方々を送り出して来ました。しばらくは「恵みのメッセージ」やお便りを出し、フォローさせて頂いて来ましたが、どうしても充分な繋がりを保つことは、出来ませんでした。

 帰国された方々も、日本での生活に慣れるのに精一杯で、あまりお互いの繋がりがもてない状況でした。一人ひとりが、日本での生活への適応に孤独に闘っていたのです。そのような様子を拝見しながら、何とかサンタクララ教会で培われた、温かい繋がりを日本でも続けられないものだろうかという思いが起こりました。帰国された、お一人ひとりが、ちょうど羊飼いによってサンタクララ教会に集められていた羊さんたちのように思われました。たとえ、普段は各地に散らばっていても、OG会として、また共に集うことが出来ないだろうかと考えました。

 2002年7月、夫がシンガポールに転勤となり、日本により近くに住めるようになり、この思いは、ますます強くなりました。お一人ひとりの住所を探し当て、また多くの、OGの方々の賛同者が出て下さり、2003年5月、第1回の白百合会OG会を開くことが出来ました。。

 それでも、住所がわからなくなってしまっている方々がまだまだおられることが残念でなりません。イエス様が、迷った、最後の1匹の羊まで探し当ててくださるように、私たちも一人も忘れ去ることなく、探し当てたいと願って止みません。OGのお一人ひとりを思い巡らすとき、いつも聖書の「あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)という言葉が一緒に思い出されます。神様にとって、大切なお一人ひとりは、私たちにとっても、大切なお一人ひとりなのです。現在、名簿には全国に散らばっている約100人の方々の住所が載っていますが、まだあと50人の方々のご住所が分かりません。これからも懐かしい方々のお顔を思い浮かべながら探し続けたいと思っています。

 今、白百合会に繋がっておられる方々で、今後、帰国になる方は、帰国の時に白百合会現スタッフにどうぞご連絡下さい。楽しく、お互いが助け合える白百合会OG会で、私たちがお待ちしています(ご連絡は、MiyokoN@aol.com まで)。なお、この「恵みのメッセージ」は、教会のH Pでも読めます。OG会メンバーも書き込みしている白百合会伝言板でもお会いしたいですね!