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花と短歌と信仰と
S 泰子
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私は、とにかく花が好きです。花や草木のもっている生命力と期待感、そして、あの種々の色彩と形、、、。限りない大きな神の御業を見る思いです。
***花のある風景***
「ことに春。ばらには薔薇の物語ブラック・ビューティの新種が届く」
「血の色の薔薇の荷を解く朝まだき冬の花屋のガラスが曇る」
あの薔薇の花、一枚、一枚の花びらの型と色と香り。一本の花を一個の花をじっと凝視してください。花の声を聞いてやってください。
聖書の中には多くの花や植物が描かれていますが、とくに有名なのは、ソロモンの栄華と比べられている百合の花です。ソロモンの時代、聖書の時代の花は全て野生種のものであり、原種です。長い時間と研究と人々の熱意によって改良が重ねられ、昨年は世界で初めての青い薔薇が生まれました。
新種の花には改良主が名づけ親となります。プリンセス・ミチコという薄いピーチ色の薔薇があります。アキヒトというのは緑がかった白の薔薇です。レディ・ダイはピーチ色の大型の薔薇です。まさしく薔薇には薔薇の物語があるのです。
現在は蘭の花の改良研究が盛んですが、これは原種の密輸入の危険をはらんでいます。中国の奥地やヴェトナム、ラオスの熱帯雨林の中には、採集禁止、輸出禁止の花が、まだまだ多くあります。蘭のもつ不思議さ、妖しさに魅入られて、私は未だ一首も歌ができません。
「フランスの少女のような花束が売れる週末五月の便り」
「少年が手話で買う花母の日の行列なかばのとびきりの笑顔」
「ひまわりが一番好きと訛りある少女の胸の反戦バッヂ」
ひまわりは歌材としても画材としても多くの人々をひきつけてきた花です。私もひまわりに重ねて多くのイメージがありますが、やはりひまわりには少年少女の笑顔がよく似合うようです。その笑顔は、反戦の意志があってこそです。今日のイラクの瓦礫と硝煙の只中にひまわりが一本咲いている姿を想像するとき、平和は人がつくるもの、守るもの、育てるものということが示されると思います。イラクの国花は何の花なのか知りたいものです。
「ジャカランダ並木の下の鼓笛隊平和が好きな笑顔が並ぶ」
真夏の陽の下のジャカランダ、、、。サンノゼのフェアモント・ホテル前の公園にこの木の並木があります。ジャカランダの花の並木道には、鼓笛隊が似合います。それもボーイスカウトの鼓笛隊が良いのです。6月に満開のジャカランダの下にはジューン・ブライドの姿も似合います。花のあるところに各々のイメージが膨らみ、各々の花が主張しているのです。
「父の死を受け止めた胸に巡りくるジャスミンの朝 ナイン・イレブン」
9月11日(ナイン・イレブン)。あの日、あなたの傍らには何の花が咲いていたか覚えておられますか。我が家の庭では咲き残りのジャスミンが揺れて、泣いていました。私は、アメリカで働く花デザイナーの一人として、その数日後、多くの花輪と花束をデザインしました。赤、白、青の花がアメリカ中で、品不足となりました。私は花輪を作りながら涙が止まらない数日でした。
「遺されし紫陽花の鉢みずいろの在米日記に我名もありて」
「丘陵の春の子牛をせきたてて菜の花畑は北へひろがる」
「来年の桜は日本で見ましょうね。三十数年同じ宛先」
そして、最後に桜。最も期待感あふれる花です。3月に入ると、我が家の桜がいつ咲くか、いつ咲くか、毎朝夕の楽しみの一つです。日本の友人、知人と一緒にもう一度、日本の桜を見たいものです。30数年、日本の桜を見ていません。容赦のない時間の流れと在米日記の数十冊を眺めながら、「すべてに時がある」という御言葉を想っています。