永遠の愛に触れられて

関 真士 (埼玉県・新座ニューライフ・チャペル牧師)

一旗上げにアメリカへ
 
私が初めてこのサンノゼの地に来たのは、今からちょうど20年前の19歳の時でした。日本で中国料理のコックをしていた私は、当時ブームになっていた日本食レストランで働くために渡米しました。アメリカン・ドリームにあこがれ、一旗上げるためにカーネギーやナポレオン・ヒル、マーフィー博士の成功本を片手に来ました。

 期待と不安を胸に、サニーベルのダウンタウンにあった店に初めて入った時、そこでまず会ったのが、現在ウォールナツ・クリークで牧会している藤岡先生でした。洗礼を受けたばかりの先生は、その店でてんぷらを揚げていたのです。

 当初私は、店のオーナー夫妻の家に下宿していました。そして最初の日曜日、私が最も恐れ、避けたかった事、「教会に誘われる」という出来事が起こりました。オーナーの木嶋夫妻はサンタクララ教会のメンバーだったのです。

嫌々ながら教会へ
 
さて、話は少し戻りますが、私の両親はクリスチャンでした。しかし、残念なことに離婚をしてしまいました。その両親の争う姿を通して、私はキリスト教というものに対して大きな反発、怒りを持っていました。もちろん教会には行かず、むしろ十字架が見えたら避けて通りたい、クリスチャンがいたら、ぶん殴ってやりたいくらいの思いを持っていました。当時のキリスト教に対するイメージは「暗い、堅い、貧しい」の3拍子プラス偽善者の集まりといったようなものでした。

 そんな私が教会に誘われたわけですが、意志の弱い私は下宿の身という立場から断り切れず、嫌々ながらサンタクララ教会に連れて行かれました。

 しかし、そこで感じた教会のイメージは私の持っていたそれとは随分違うもので明るく、自由で、豊かなものでした。まあアメリカの教会だからなんだろうと思いながら、社交場として割り切って誘われるままに教会に通うようになりました。

あっという間に洗礼へ

さて、9月に渡米した私は、なんとその年の12月に洗礼を受ける決心をしました。それは、今、考えても信じられないことで、奇跡としか言いようのないことです。洗礼を受ける旨を母に知らせた所、そんなはずはないと信じられず、その目で確かめると言って洗礼式に参加するためにアメリカに来たくらいです。

 何が自分をそこまで変えたのか?日本で得てきたキャリア(悪の世界のキャリアですが)が全く通用せず、英語も出来ない、自分一人で何も出来ない中での挫折経験。また、とにかく生意気な若僧を笑顔で受け入れてくれた教会の方々の愛。特に家庭集会では、何も知らない私は、手ぶらじゃいけないと、ビール1ケース持っていったり、賛美歌を歌うためにマイクがあるのに、酔っ払って演歌を熱唱したり、ひねくれた質問をしたり、その全てを受け留めてくれた方々の愛と忍耐のゆえであり、全てが神の恵みでありました。

イエス様との出会い
 
しかし、洗礼は受けたものの、本当の意味で主イエス・キリストの十字架の意味を理解していたわけではありませんでした。洗礼を受けてから半年ほど経った日のこと、いつものように職場からドライブして帰る途中、突然私の心にあることが示されました。

 それは、私は若い頃、随分悪いことをしました。暴走族、竹の子族、喧嘩、万引き、そして母にも相当にひどいことをしました。しかし、今、母は、私のことを当然のように息子として受け入れてくれている、この事実に大きな驚きを覚えました。その時、神様も同じなんだ、私はキリスト教が大嫌いだった、ひどいことを神様に言った。でも、私が神様を信じたいと言ったら、息子と呼ばれる資格のない者を、無条件で神の子供として受け入れてくれた。その時、初めて私は、神を神としていなかったこと、神に背を向けていたことが罪であることが解り、この罪のためにイエス様は十字架にかかってくださったことを知りました。この時が、本当の意味で私がイエス様に出会った時となりました。
 
永遠に変わらない愛
 
その時、私の心に
「わたしは、世の終わりまで、いつも、あながたと共にいます。」(マタイ28;20)

という御言葉が強く迫ってきました。私はこのイエス様の約束を信じました。

 あれから20年が経ちました。色々なことがありました。家族のこと、仕事のこと、子育てのこと、経済のこと、人間関係のこと、喜び叫んだこと、嘆き叫んだこと等など。

 しかし、私は今も奇跡を毎日体験しています。それは、今、この瞬間もイエス様が共にいてくださること、今も私は変わらずに愛されていることです。この事実、現実に私は今も感動してます。
「永遠に変わらぬ愛をもって、あなたをあわれむ」(イザヤ54;8)

 私は現在、牧師として教会で奉仕をしていますが、日々、この永遠に変わらぬ愛に支えられています。そして一人でも多くの方々に、この愛を知って頂きたいというのが、私の一番の願いです。