言葉とハサミは遣いよう
詩人 新井雅之氏----教会での講演会(9/19)より
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アテネオリンピックでは日本の選手たちが、たくさんのメダルを取りましたね。今から20年位前の話になりますが、アメリカの陸上競技のナショナル・チームといいますと、非常にレベルが高くて、オリンピックで優勝するよりも全米選手権で優勝する方が難しいと言われているくらいです。そのチームの合宿に日本のナショナル・チームが加わり、アメリカ・チームの良いところを身につけようということになりました。一生懸命練習に参加して、一日、一週間、二週間、、、と経ち、合宿の成果について話し合ったわけですが、特別、これと言って、日本と変わったことは見られない。日頃、日本の選手がしているような練習をアメリカの選手もしていたし、同じような科学的な方法を取り上げていました。では、一体、どこが違うのか、どういう練習をするとレベルアップができるのか、ということを考えた時に、一人の選手が「自分は練習に参加してみて、どうしても彼らを超えられないというか、大きな違いが一つある」と言いました。それは、米国人は練習の前、あるいは後に「祈る」ということでした。人によっては、決勝戦のスタート直前に祈る、というのですね。日本人はクリスチャンでない限り、練習の中に、あるいは日常生活の中で祈るということはなかなかしません。でも、クリスチャンであれば----祈りの時も言葉を遣いますが----祈りの大切さは日々感じることであります。
さて、みなさん、あまり日本の民謡や都々逸をお聞きになる機会はないと思いますが、「丸い卵も切りようで四角、モノも言いようで角がたつ」という都々逸があります。「四角い部屋も掃きようで丸い、モノも言いようで角がたつ」----言葉というのはそういうものだと思います。遣いようで丸くもなれば、角もたつ。自分が何気なしに言ったことで相手を傷つけたり、自分が傷つくこともあります。日頃、自分が言葉を遣っているだけに特別、意識して言葉というものを捉えないのですが、ちょっとしたことで、言葉は「生きたり、死んだり」します。
ドイツの有名な詩人でハイネという人は、「言葉というものが生きていれば,小人でもそれを軽々と運べるけれども、言葉が死んでいれば、例え巨人であってもそれをまともに起こすことはできない」と言っています。私たちクリスチャンは日々、生きた言葉を遣っているかということを自分も含めて反省させられます。
ピアノ専攻の音大生は、一流のピアニストを目指すとすれば、朝から晩まで一日10時間も12時間も練習をしなければなりません。ある音大生が、一流の先生について一生懸命練習するのですが、とうとう先生は匙を投げて、「あなたは、いくら言っても上達しない。いい加減にしなさい」と言い、「もう死んでしまいなさい」とまで言ったそうです。その音大生が米国に留学したのですが、米国の先生は気持ち悪いほど褒めるのだそうです。上手く励まし、褒めるのだそうです。最初は、お世辞だと思っていたのですが、だんだんその言葉に乗せられて、一生懸命練習に励んで、卒業する頃には彼女はトップクラスの成績だったということです。
人というのは、けなされたり、悪く言われたりすると強がりは言いますが、心の中では葛藤がありますね。励まされたり、褒められると、非常に嬉しいものです。米国の先生は、人を動かす方法を知っていたのではないかと思いますね。日本人はどちらかと言うと人を褒めるのは苦手ですよね。人を励ます、褒めるということの大切さを聞いて、私はなるほどなぁと思いました。
以前、私が家を買いました時にお披露目をしました。皆さん、来て下さると、家を褒めてくれますよね。「いい所ですね。」「環境のいい所ですね。」「瀟洒なお家ですね。」------いくつか決まり文句のようなものがありますね。家を見にきているのですから、一言二言褒めてくださるのです。ところが、ウェスト・ロサンゼルスの教会のIさんは、私の家の書斎に入って、にっこり私の机をさすりながら、「ああ、この机の上であの名文が生まれるんですか」と仰ったんですね。その言葉がとても嬉しかったです。たとえ、お世辞でもそれがとても嬉しくて、今でもその言葉が忘れられません。そして、その机に向かう度にその言葉を思い出して、励みになるのです。ですから、言葉というのは、一つの言葉で、その人をやる気にさせたり、喜ばせたりする、マジックのようなものですね。ヨハネの福音書にも言葉について触れられていますが、本当に大切なものだと思います。
鈴木健二さんという元NHKアナウンサーが書かれた「気配りのすすめ」という、大ベストセラーになった本にありましたが、人間関係をスムースにする言葉というのは相手の名前を呼ぶことだそうです。米国人はよく相手の名前を呼びますね。「花子さん、ありがとう。太郎さん、ありがとう」というように。ですから嫁と姑の関係も名前を呼び合うことが非常に大切だそうです。「お義母さん、ありがとうございます。」「お義母さん、今から買い物に行ってきます。」「お義母さん、何か必要なものありませんか。」「お義母さん、寒くありませんか。」------「有難う、花子さん」「花子さん、あれ買って来て」「花子さんこそ寒くないですか」。名前を最初につけるだけで、ずい分うまく行くそうです。なかなか初めて会った人の名前というのは覚え難いものですが、教会のメンバーとか家族とかの間で名前を呼び合うのはできますよね。米国では、夫婦同士でも名前を呼び合いますね。日本の場合は、「おい」なんていうこともあります。名前が「おいさん」かと思うんですが、、、。(笑)名前を呼ぶことの大切さを感じます。
豊臣秀吉は、季節として今ごろですね、「予は松茸が食べたいぞ」ということを家来たちに言ったそうです。側近の家来たちはちょっと時季が早いし、困ったなぁと思ったのですが、九州に早馬を出せば、何とか松茸がとれるのではないかと思いました。九州に早馬を出して、なんとか手に入れ、山肌に松茸を植えて、いかにも松茸が出てきたかのようにしたわけです。そして秀吉が松茸狩りを始めたところ、派閥で意地の悪い人がいて、耳打ちをするのです。「これは、本当はここで生えてきたのではなくて、前にとってきて植えたものですよ」と教えたわけです。その時、秀吉は「予は百姓の子であるから、そんなことは知っている。そんなことより、みんなが予のために季節はずれの松茸を用意してくれたことは何と嬉しいことか。みんなで食べてくれ」といって、みんなに振舞ったわけです。やはり上に立つ人はこのような気配りが必要なわけですね。(信長の)草履を懐で温めたという有名な話がありますね。そういう気配りが大切なのですね。ですから言葉を発するときも、ちょっとした気配りを頭の中で働かせて、ただ、パーッと言うのではなく、一度、立ち止まってみましょう。「歩く」という字は、「止まる」の下に「少し」と書きますね。そのように、少し止まって、言葉を吟味すると、良い言葉を遣いわけることができるのではないでしょうか。
19世紀、今から150年位前でしょうか。イギリスにロバート・ブラウニングという有名な詩人がいました。この人は非常に美しい詩を書くので、彼の詩は、詩篇の第151篇だと言われるくらいです。---聖書の詩篇は150篇までしかありませんが、彼の詩はそれほど美しいので、そう言われるわけです。---
この方の奥さんが病弱でベッドから離れることができません。それで、奥さんもそのことを気にして、私が健康だったら、掃除も料理もできるのに、、、。私がこの人の足を引っ張っているのだ、、、と思って、ベッドの上で泣いていたわけです。それを見て、彼は、「何を言っているんだ。君は天使じゃないか」と言ったのですね。「僕の天使だよ」なんて、1日か2日なら言えますが、毎日言うことなんてできませんよね。でも彼は10年も20年も言い続けたわけです。奥さんは、「そんな無理して言わなくても、、、」とか「天使なんてとんでもない」と思いながら、過ごしていたそうですが、晩年になって、ある時、奥さんが妹に「私は最近、自分が天使になったように思えてきた」と手紙に書いたそうです。ずっとそう言われ続けて、彼女の心が変えられてきたんですね。「継続は力なり」ですね。一つの言葉で、ずっとそれを言われ続けると、本当に「天使になった」と思えるようになり、そこに喜びが芽生えますね。聖書の「いつも喜んでいなさい」という言葉をダイレクトに伝えなくても夫人は、神様の御心を喜びをもって実践していますよね。素晴らしいことだと思います。
ある小学校4年生の子なのですが、担任の先生から言われたそうです。「もうすぐ5年生だけど、一生懸命我慢して、あなたに勉強を教えて来たけれども、非常に辛いことを言わなければなりません。実はあなたは5年生になれません。もう一度4年生をやり直してください。落第です」と。その子はシュンとして家に帰りました。すぐお母さんに分かってしまうことなので、すべて話すことにしました。「先生からお話があって、僕は5年生に進級できない。落ちこぼれです」と。お母さんは、じっと真剣に彼の話を聞いて、そして言ったそうです。「心配するな。我が家の天才!」―――その子はキョトンとして「どうして僕が天才なの?」―――「だってあのエジソンだって落ちこぼれになって、後に発明王エジソンと言われたじゃない。おまえはあのエジソンと同じだから我が家の天才なの。」
お母さんの言葉を聞いて、初めはシュンとしていた子供がだんだん、だんだん元気を取り戻して、やる気をだして、勉強がどんどんできるようになったそうです。お母さんが一緒になって、シュンとして、担任の先生の所へ行って「どうしたら良いんでしょうか」なんて、言っていると子供も落ち込んでしまうのですが、お母さんが「我が家の天才!喜べ!エジソンと同じだ」と喜んだという、そんな励ましというか、言葉の遣い方には非常に見習うところがあります。
私は観光バスの運転手をしていたことがあります。いろんなお客さんが日本から来られるのですが、横須賀出身の初老のご夫婦が来られた時に、お話を伺ったことがあります。横須賀というと、米軍基地のある所なのですが、そのご夫婦の隣の空家に引っ越して来たのが、米軍の若夫婦だったそうです。奥さんが、新しい隣人に何か言葉をかけたいのですが、英語で言えずに、むずむずしていました。今日こそご挨拶をしよう、しようと思いながら1週間が経ってしまいました。そのご主人も今日こそ挨拶をしなければならないと思って、玄関を出ようとしたら、その前に何とその米国人の軍人が立っていたそうです。軍服を着た、背の高いご主人の挨拶の言葉が、普通でしたら、「初めまして」とか「どうぞよろしく」なのですが、何と「日本に原爆を落としてごめんなさい」と言ったそうです。それを受けて日本人のご主人は「こちらこそ、真珠湾攻撃して申訳なかった」と言ったそうです。そんな言葉のやりとりで、急速に両家族の仲は深まり、若夫婦に子供が生まれると、自分の孫のように一生懸命育てて、4,5年経って、若夫婦が米国に帰ったときは招待状が来たそうです。「日本のお父さん、お母さん、どうぞ米国へ遊びに来てください」ということで、米国においでになった時に私と知り合ったわけです。
そのご夫婦は、ずっと東部から旅行されて来て、ロスで泊まられ、そこで日本語が通じて、ほっとしましたと安心されていました。日本食もたくさんありますし、「日本と変わらないね、」とリラックスして、ある日本食レストランでお金を払って店を出ようとした時、奥の方から女主人らしき人が出て来て、「ちょっと待ちなさいよ、あんたたち。ここはアメリカなんだからチップを置いて行きなよ」と啖呵をきったそうです。「今まで、言葉は通じなかったけど、楽しい初めての海外旅行をしてきたんです。ところが日本語の通じるロスで、そんな嫌な思いをしたんですよ」と私に話されました。私もロスに住む者として、とても残念に思いました。そのことをロスのある新聞のコラムに、レストランの名前は伏せて「もう少しそのレストランのご主人は知恵を使って、言葉を選ばれた方が良かったのではないですか」と書いたのです。
そして数ヶ月経って、私の知り合いが日本から来まして、そのレストランに行きました。私はちょっと用事がありまして、慌ててそのレストランへ行きましたら、彼らはもう食事が終わって出るところでした。もうお勘定は済んだところで、丁度、出ようとした時に先程の話と同じパターンです。店の奥の方から「わ・す・れ・も・の」という声がかかったのです。「えっ、何か忘れた?」と思って、気づきました。「米国はチップが要るんでした。ごめんなさい」ということでチップを払われていました。「ちょっと待ちなよ。チップ置いて行きなよ」から「わ・す・れ・も・の」に変わったのですね。(敵は私のコラムを読んでるな---笑)と思いました。折角、楽しい旅行の最後に「チップ、置いて行きなよ」と凄まれるよりは「わ・す・れ・も・の」の方が味がありますよね。やはり言葉一つ一つが大切なものですよね。
私の尊敬している女性で田部井淳子さん、という方がいます。女性でエベレストの登頂に世界で初めて成功した方です。この方のお話を聞いていると、全く気負いがないのですね。彼女が仰っていますが、「私がエベレスト登頂に成功したのはマイペースでやったから」と謙遜していらっしゃいました。男性でしたら、吹雪でテントを張って過ごすと1,2日で焦り出すそうです。こんな所に1週間も居れば、自分のプライドが傷つくと言って、吹雪の中を自分だったら大丈夫、と過信して登っていく人が多いそうです。田部井さんは3週間でも1ヶ月でも天候が悪ければ、そこで待ったそうです。視界、天候が完全に良くなった時、登って行き、ウサギとカメの話のようだが、自分は登頂することが出来たということでした。
全世界に登頂成功のニュースは伝わりますから、田部井さんも成田のエアポートで、インタヴューをする報道陣も多かったわけです。でも、そこで、私が田部井さんは「本物」だなと感じたのは、そのインタヴューで、「今、おうちに帰っていちばん最初に何をされますか」と聞かれたときに、淡々と「主人のお弁当を作ります」と仰ったんです。何か非常に大きな仕事をしてきた人の言葉ではなくて、日常の、本当にご主人を愛しておられるんだなあ、ということが伝わってきました。
初めの頃、田部井さんが山に登るのにはご主人の反対があったそうです。山に挑戦するならという条件の一つに「子供を作ってから行きなさい」というのがあったそうです。その時は、まだお子さんがいらっしゃいませんでした。やはり子供がいると、「自分は何が何でも生きて帰って来なければならない」という意識が強く働きます。これは、ご主人の愛の「ザイル」というのでしょうか、素晴らしいことを仰ったと思うんです。日本では11月22日を「いい夫婦」の日としているそうですが、その日にこのお話を聞きました。
さて、私はよく家で家内に指圧をすることがあります。指圧に行くように言うのですが、あまり行きたがらず、それより私に指圧をしてと言うのです。それで、私が指圧をするのですが、ただ単にするのでは詰まりませんから、北海道篇、関西篇、九州篇、、、などと、いろいろなパターンでします。家内にリクエストを聞いて、例えば、私は関西の指圧師になったつもりで戸をガラガラと開け、関西弁で話し始めます。沖縄篇では沖縄弁だったりします。私は関西出身ですから、関西弁は得意なので、「もうかりまっか?」と言いながら指圧をするわけです。そうすると、夫婦の「会話のキャッチボール」の中で笑いが生まれてきますし、指圧をするだけでなく、夫婦の仲もclose になります。
でも夫婦って、ついつい知らず知らずのうちに乱暴な口をきくものです。スペインの諺に「舌を滑らすよりも足を滑らす方がまし」とあるそうですが、それほど「舌を滑らす」、「言葉」というものに気を遣っているわけです。藤山寛美さんという有名な喜劇役者がおられましたが、とぼけた役で有名でした。ある司会者が、大阪でウケましたので、東京でもウケルだろうと思って、「日本一のバカを只今から紹介します」と言ったときに藤山寛美さんは怒ったそうです。「自分はバカじゃない。アホや」と。そのように東京と関西ではユーモアのセンスが違うところもあります。
さて、モーツァルト、ベートーヴェンのような作曲家の名曲であれば、何百回、人によっては何千回と聴きますね。名画といわれるものは、気に入った絵をリビングに飾って、毎日見て、「うーん、さすがゴッホの絵は違う。模写でもスピリットが伝わって来る」などと言われるのですが、文章となると違います。ドストエフスキーのような作品でも1回、読んだだけで、人は「ああ、読んだ、読んだ。『カラマーゾフの兄弟』、あれは素晴らしかった」などと言います。たった1回だけで、すべてが分かっているような様子で言います。文学作品を音楽のように30回、40回読むというような人は、研究者以外はいらっしゃらないと思います。でも音楽と一緒で、文学作品も何十回、何百回と読まないと、その真髄は伝わって来ないと思うのです。
よく「行間を読んでください」と言います。文体だけではなく、文章と文章の間の間(ま)を読んでくださいと言います。たとえばそこに心の葛藤があったら、その葛藤の世界に自分も入りこんで、葛藤してください。そのためには時間も必要になります。ただ棒読みにしたらその良さは分かりません。聖書もそうだと思うのです。
ヘミングウェイの「老人と海」という作品があって、よく教科書にも載っています。みなさん、一度は読まれた方が多いと思います。これは老人が海に出て、カジキマグロと闘って、獲ってきた。ただ、それだけです。カジキマグロを獲る時にいつもいる少年、それと、いつも力をつけるための塩がなかったのです。「ああ、こんな時に限って、、、あの少年が居れば、、、。あの塩があれば、、、。」大きなカジキマグロを獲るという時に限って、それらがない。これは人生の縮図ですね。みなさんも体験ありますよね。日頃、用意万端整えておいたのに、肝心のときにそのものがない、その人がいない。だけど、それと闘わなければならないということです。言葉の一つ一つを重ねて小説や詩が書かれているわけですが、言葉だけに目を向けるのではなくて、その行間に是非、目を向けて頂きたいと思います。
私たちは普段、日本語で話していますので、小学校から大学まで16年間、学んでいますから、言葉というものを知っていて当たり前だと思っています。ところが、なかなか分かっていないというところがあります。アメリカに来て英語を勉強されていると思いますが、英語が分かるためにはもっともっと日本語の勉強が必要ですし、もっともっと日本語を味わわなければならないと日頃、考えています。「文は人なり」と言いますが、文章を見ますと本当に手にとるように、その人となりが表れている文章があります。心温まる言葉遣い、文章を書くように努力したいと思います。
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主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、
あなたのいのちを守られる。
主は、あなたを、行くにも帰るにも、
今よりとこしえまでも守られる。
(詩121:7-8)