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言 葉
Y. 由美子
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アメリカに来てまず経験するのは、「言葉の壁」。自分の言葉である日本語が通じない、英語を学ばなければ自分の思いを伝えられない、といった言葉の壁を、みなさんも経験し、どうにか相手とコミニュケーションをとろうと、あれこれ工夫をなさったことでしょう。言葉は自分の思いを伝え、相手の考えを理解するのに欠かせない大切な道具です。ではいったい言葉はコミニュケーションにどのくらい必要なのでしょう。言語学者たちによれば、コミニュケーションで言葉の占める役割は20%とか7%とか言われます(学者によって意見が異なる)。あとの80%または93%は言葉以外の、伝えようとする気持ち、表情、声色、ジェスチャー、言葉を話す人との関係などがコミュニケーションを成り立たせる決め手となるようです。言葉をまだあまり知らなくてもどうにか相手に思いを伝えようと身振り手振りを交えて、お話ししながら、新しい言葉を学んでいくことが可能になるわけです。言葉にとらわれてしまう前に、言葉にならないものの役割や大切さ、言葉を支えている文化や常識というものをしっかり認識しておく必要があります。
コミニュケーションは、キャッチボールのようなものだと理解してください。言葉をボールにして投げ合うわけですが、投げる言葉は自分と相手にとって同じ定義をもつものでなくてはいけない。一つの言葉なのに違う意味で投げたり、受けたりしているとお互いの理解はすれ違ってしまいます。そういう意味で、言葉の定義や意味をきちんと学んだり、教えたりすることが大切になるわけです。また、相手が投げてきた言葉は、すぐにバットで打ち返したりせずに、まずミットで受け止める努力も大切です。具体的には、相手の言ってきたことに、自分の考えですぐに反応するより、まず、「あなたはこういうことを言っているのね。」と相手の言ったことをそのまま繰り返して受け止めるということをすると、相手は「この人は私の言いたいことをわかってくれている。」と思い、もっと心を開いてお話してくれるようになります。お母さんと子供の間の関係はこの受け止めができるかできないかで、ずいぶん変わってきます。顔に耳が二つあるのに口が一つしかない事実を心に深く刻みましょう。母の日に、「耳がなくて大きな口のお母さん」といった似顔絵を画かれないように。
さて、みなさんは、言葉や文化の違う国でどうやって自分の子供をバイリンガルに育てたらよいかと日々工夫されていることと思います。バイリンガルを育てるには、まず、子供に言葉のスイッチをもたせて、きちんと切りかえをする習慣をつけることが重要です。家の中では必ず日本語を話す、外では英語、日本人の友だちとは日本語、、、というようにはっきりどちらの言語を使うのかを分けて使うルールを作る、そして厳格に守らせることがバイリンガルへの道の第一歩です。言語を混ぜだすと、どちらの言語でもないおかしな言語しかしゃべれない子供になります。要注意です。子供が、うまい言葉が見つからないようだったら、どうにか言い換えさせたり説明させたりすればよいのです。頭の中にあるだけの語いを使ってお話してきますから、お母さんはよく聴いてあげ、日本語を補ってやり、言い換えの手伝いをしてあげてください。このようにたくさんの言葉のシャワーを浴びせることが語いを増やす大きな鍵です。
一つ一つの言葉の意味を正確に知ることと語いをたくさんもつことの次に大切なのは、お話の伝えたいもの、伝えているもの、つまりメッセージをつかむことができるということです。細かいことにとらわれず、お話のあらすじ、メイン・アイディアをまとめてつかむことができ、それに対して自分の考えをまとめて伝えることができる能力が重要です。お話から「何を」得たのか、そして自分は「何を」考えたかということを、言葉に表すことのできる能力は、まず、たくさんのお話を聴かせることからついてきます。親はとにかく、一にも二にも、「読み聞かせ」をしてください。たくさん「聴かせる」ことが大切で、言葉の発達はここから始まると思います。テレビやテープより、実際にそこにいる人間が「読み聞かせる」ことこそ大切です。初めに述べたように、コミニュケーションの大部分は言葉でないもので成り立っているのですから。
学校で長年教えていて気づくのは、「聴く」態度ができている子供は、先生やお友達から多くを受信し、自分の考えや意見を深めて発信することができるようになるけれど、「聴く」態度ができていない子供は、受信も発信もおそまつになりがちだということです。どうやって「聴く」態度を身につけさせるかは、日ごろの子供への接し方しだいです。「聴く」という漢字に表されているように、心と目と耳をたして聴くことを心がけましょう。テレビのつけっぱなしは悪影響を与えます。テレビの中から誰かが話しかけているのに、聴いても聴かなくてもよい状態を容認することになるからです。
「言葉の壁」を越えて、日本語も英語も言葉をすらすらしゃべれるようになりたい、子供はそうなって欲しいと思います。でもその前に、私は、一番大切な言葉、「ありがとう」と「ごめんなさい」を心から言うことができる人間でありたいと思うし、子供もそういう人間に育てたいと思います。言葉は人と人とをつなぐものですが、言葉の使い方によっては人と人との関係を壊すものにもなります。言葉は人に「生きる力」を与えるものですが、「人を傷つけ人の心を殺してしまう」こともあります。どんな言葉でもそれを使う人間そのものが言葉に表れてくるということを決して忘れてはならないと思います。たくさんの人が、言葉を平和の道具として使うことのできる人間になればすばらしいと思います。
「悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その 人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。」(エフェソ4:2)