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水のいのち
Y.由美子
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大学時代に歌った合唱曲の中で、「水のいのち」という曲は、そのメロディーの美しさ、歌詞の意味の深さで心に強く残っています。「水のいのち」は組曲で、1.雨よ 2.水たまり 3.川 4.海 5.水のいのち の五曲からなります。水は天から降りしきる雨となって地上に降ってくる。まるで私たちが地上に命をうけたように。その水は小さな水たまりとなり、にごった水たまりが静かに澄んで、空の美しさをうつそうとする。大学生の頃はこの水たまりのいちずさ、けなげさがとてもいとおしく思え、私も小さい存在でありながら、この水たまりのように空の高みにあこがれ、それをうつすことができるような一生懸命な生き方をしたいと思った記憶があります。
やがて水は集まって川となり流れていくのですが、「なぜさかのぼれないか、なぜ低いほうへいくほかはないか」という「川」の出だしには、運命に押し流されていく水のいのちに悲しみと抵抗を感じました。運命は自分の力で切り開いていくものではないのかと思っていましたから。若い頃の私は、人生は「自分の力」で頑張って、戦って、何かを作り出したり、獲得していくというように考えていたのです。
今は、人生をちょっと長く生きてきたせいか、運命を受け入れることも大切なことだと思うようになりました。振り返ってみると私は、自分の力ではなく、何か大いなるものに導かれ生かされてきたように思えるのです。自分が望むようにならないことはたくさんありますが、それらを受け入れて謙虚な気持ちで自分ができることに最善をつくす。自分がやるという思いより、与えられた才能、環境やチャンスを生かし、感謝しつつ、自分にできることをやらせていただく(命を使う)という思いで生きていけたらと考えるようになりました。
さて水は川となり、すべてを潤しながら低いほうへ流れてゆき、やがて海にたどりつきます。海はすべてを受け入れ、清め、その中に命をはぐくみます。たくさん集まった水である海のこの豊かさはすばらしいです。そして太陽に照らされ、水は蒸気となり天に昇っていくのです。天に帰るわけです。私もこの「水のいのち」のように、自分に与えられた使命をまっとうし、いつかまた天に昇っていけたらいいなあと思っています。
人生の本当の価値は自分が獲得したものの大きさではなく、与えたものの豊かさです。残したものの偉大さではなく、伝えたもののうつくしさです。人々の上にたって権力をふるうことではなく、人々に仕えることです。自分のためではなく人のためにしたことこそ永遠という時の中で価値があるものです。
みなさんもいつか「水のいのち」を聴いてみてください。豊かでうつくしい人生を歩まれることを祈ります。
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しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。
(新約聖書ヨハネ4:14)
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