スペシャルであること

E 淳子

SPECIAL、アメリカに来てからよく耳にする言葉です。特別な…という、その意味が日本と少し違うように感じることもありますが・・・。

私の息子は自閉症という障害をもっているスペシャル・ニーズです。ある時、知り合ったばかりの方に息子の学校の話をする機会があり「家の子は、スペシャル・クラスに言っているので・・・」と言うと「えぇっ、すごいですねぇ。」と言う答え。私の頭の中は「・・・・??」ここで、彼女がスペシャルの意味を成績優秀というふうにとっていることに気づき、手短に息子の障害のことを説明することとなりました。ですが、私はこの時彼女が言ってくれたスゴイ!という言葉が忘れられず、今でも思い出すとつい微笑んでしまいます。なぜならば、本当に息子のクラスはスペシャル(選ばれた人達の)クラス!だったからです。彼のクラスにはいろいろな考えを持ち、行動し、表現をする人達のパワーで溢れています。皆、いつも一生懸命で、人間臭く、正直で、周りにいる私達を幸せにしてくれます。もちろん、彼、彼女らはすべて「自分基準」で行動しますから、「この世基準」を当てはめようとすれば大変なことも多いのですが・・・。私はこの、スゴイ!クラスが大好きです。

ですが、そういう私も息子が小さい時には、この子はもしかしたら不思議の国から来た子かも・・・と思うくらい彼の考えと行動が分からず、大変な日々を過ごしていました。いつになればこの子と仲良くなれるのか、葛藤の日々が続き、疲れ果ててしまうこともしばしばでした。それならばこちらが合わせようと決め、専門家の指示、本、講演会と走り回り、息子の行動を先回りし、読み取り、分かりやすい方法で伝え、理解習得させる、という方法でいろいろなことを月日をかけ学び、学ばせ続けました。その成果があってか、「この世基準」を少しずつ受け入れコミュニケーションもとれるようになり生活の状態も安定してきました。

しかし、私自身、楽になった、とは思いましたが何だか楽しさが無いのです。愛情はあるのですが、湧き出る喜びが無いのです。努力してテクニック(?)を身につけ息子マニュアルもでき、こんなに努力して積み上げてきたはずの子育て、本来ならば満ち足りたものを得るはずですが、心の中は空しさでいっぱいでした。欠けている何か、その何かをどうしたら見つけることができるのか。そんな時、友人の誘いでクリスチャンの人の家で持たれている家庭集会に参加することになり、聖書に触れる機会が与えられました。段々と聖書を読み進めて行くうちに御言葉の中に答えがあることを知りました。ですが、この答えはどうやって私の中に入り、心の穴を埋めてくれるのか?言葉そのものがどんなふうに力になるのか?考えても考えても分からずにいた時、今度は友人に日曜礼拝に誘われ迷いの心のまま行ってみると、自然に神様の言葉が心の中に入ってきて主を素直に受け入れることができました。その後、教会の方々の多くの祈りに支えられ、洗礼を受ける恵みに与りました。気が付くと心の中にあった空しい穴は消え去り、今まで経験したことの無い平安というものが与えられていました。

「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(�コリント5:17)

以前の私は、逃げずに子供の障害と向き合い、努力して成し得れば必ず勝ち取れると思っていました。ただ、何を努力し、何を成し得、何を勝ち取るのかは分からず、後ろ向きな生き方だけはしたくないと、力尽くで押し通していたに過ぎませんでした。それは、得てして自分本位であり、肝心な子供の心を無視したこともあったかもしれません。

私の心の空しさは息子のせいでも、障害のせいでもありませんでした。私は長い間、神から離れていただけだったのです。そのことが分かってから肩の力が段々と抜け、難しいと言われる中高時代も息子と共に案外スムーズに歩むことができました。神に委ねることができると、人に頼るということもできるようになり、子育て(今は青年育て?)に夫の出番が増え、余暇は共通の趣味を生かし二人で出かけることが多くなり、私は出来た余裕を娘との時間に、また、自分の為に費やせるようになりました。肩の力も抜け、握り締めていた手を離し、体の中から湧き出る力と喜びを感じる時、願っていたものはここにあったと実感しています。無論、何もかも悩みが無くなった訳ではありませんし、次々と問題は起こります。ですが「主が共にいて下さる」―――このことを心に留め歩んでいけば必ず良き解決があるという確かさを日々感じています。

18歳になった息子は、これから大人への道を歩んで行くことになります。家庭や学校
はもちろん大きな拠り所ですが、小学生の時に喜んで通っていた教会学校に行くことも大切にしてもらいたいと願っていた時、教会の方の声かけがあり、スペシャル・サンデースクールという障害児向けの教会学校が11月よりスタートすることになりました。私は息子と共に始まったばかりのこのクラスに参加するのが楽しみでなりません。何故かと言えば、そこは、スペシャル「神様から特別に選ばれた子供達」のクラスだからです。
スペシャルであること、それは私達を特別に愛して下さる神様との深い関係と愛の表れと思います。不思議の国から来たと思っていた我が子は、神に愛された光の子でした。
これからもいろいろな形で子供達とかかわりながら、主に感謝をしつつ歩んでいきたいと思います。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」
(イザヤ43:4)
スペシャル・サンデー・クラス
毎週日曜日 英語部 10時より11時まで
      日語部 11時15分より12時30分まで
場所 サンタクララ教会