叫びを聞いてくださる方

榊原 寛牧師

今日の聖書の箇所はマタイの福音書11章28節です。イエス様が直接私たちに語りかけてくださった言葉です。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」旧約聖書ではエレミヤ書31章25節に「わたしが疲れたたましいを潤し、すべてのしぼんだたましいを満たすからだ。」とあります。これは、神様がイスラエルの人々に直接、語りかけて下さったお言葉です。「わたし」というのは神様です。新共同訳聖書では「疲れたたましいを潤し、衰えたたましいに力を満たす。」と訳されています。

“神様”という方は疲れることもなく、倦むこともなく、眠ることもなく、パーフェクトなお方です、ということが、聖書のあちこちに書かれています。でも、“私たち”は、疲れるときがあり、傷つくときがあり、衰えるときがあり、しぼむときがあります。「もうだめだ!」と絶望してしまうときもあるのです。でも、そんな時、神様があなたを持ち上げてくださいます。そして、魂を生き生きと生き返らせてくださいます。イエス様は甦りのお方なのだから、たとえ死ぬというような現実が起こっても、「わたしを信じる者は生きる」とまで言われます。そのイエス様が「わたしのもとに来なさい。そうすればあなたがたを休ませてあげよう」と言ってくださるのです。

さて、身体の疲れた時には、みなさん、どんなことをなさいますか。ゆっくり入浴する、温泉に出かける、美味しいものを食べて、ゆっくり寝る。そうすれば、身体の疲れは、癒えますね。では、勉強し過ぎなどで、頭が疲れたら、どうしますか。ボーッとしていれば良いですよね。では、パソコンをやり過ぎて目が疲れたらどうしますか。ドライ・アイにならないようにすることが大切で、目を潤すためには、瞬きが必要だそうです。目が疲れたら、目を静かに閉じたり、濡れタオルを目に置いたりしますね。では、胃が疲れたときはどうでしょう。食べるのをやめたり、胃薬をとりますね。眠れない場合は、睡眠剤を飲みます。身体のどこかが疲れたら、心がけて何かをすればよいわけですね。

でも、私たちには、自分の「努力」や「頑張り」や「心がけ」では癒えない部分があります。癒されない部分があるのです。人々のアドバイス、慰め、励ましは嬉しいものです。でも、それでも「癒されない部分」があります。それが、わたしたちの「たましい」です。わたしたちの存在を一番決めていく、決め手の部分です。「あなたは何か」というときの決め手になるところです。内面を掘り下げていくと、やはり「たましい」の部分が残るのではないでしょうか。

聖路加病院の日野原重明先生が、「人間は、マインド、ボディ、スピリットから出来ています。すなわち、考え(思い)、身体、魂から出来ています。そして、一番大切なのはスピリットです。たとえば、僕にある考えが、こういうことをしたい、あそこへ到達したいという思いがあると、スピリットが流れて、血が通うのです。まるで、注射のように、実際、エンドロジンが脳内に出て、活性化されています」と書かれています。少し難しいですが、とにかく「身体というのはとても巧妙にできています。」とあります。そして、「一番、大切なのは、スピリットです」ということは私にも分かるような気がします。そのスピリットが「癒えない」、「傷ついている」、「病んでしまっている」。そんな時、私たちはどうしたら良いのだろうか、ということを考えさせられています。

私は、愛知県の岡崎市というところに行きました。岡崎に徳川家康が居たことがあるのですね。岡崎城の跡があり、その公園を散歩していましたら、徳川家康のカラクリ人形がありました。ボタンを押しますと能の響きが聞こえてきました。扉が開いて、徳川家康の人形が能面をつけて出てきて、「人の一生は重き荷を負って、長き道を行くが如し」と言い、能面がパッと割れて出てくるのです。徳川三百年と言いますが、子供の頃から生涯にわたっての、家康の人生は本当にその言葉どおりだったのでは、と感じます。

松尾芭蕉は「人生は旅」と言いました。吉川英治も人生を旅に喩えています。 徳富蘆花という人が50歳を迎えて、「山の上にも山があり、山の奥にも山があり、人の生の旅はただ上りです」と書いたそうです。

養老猛という人の『バカの壁』という本が大ヒットしましたが、その本に「私は遠き道を行くどころか、崖のぼりだと思っています。崖のぼりは苦しいけれど、一歩あがれば、視界がそれだけ開ける。しかし、一歩上がるのは大変だ。一歩足を踏み外せば、千尋の谷をまっさかさまだ。人生というのはそんなものだと思う。だから誰だって楽をしたい。でも、身体を動かさなければ見えない風景もある。」とありました。

でも疲れます。人間関係で傷つきます。仕事場で難しさにぶつかるとき限界を感じます。「今まで、努力で、頑張りで、知恵を働かせてやってきた。でも自分は、精も根も尽き果てた」ということもあります。今、ご存知のように1998年から6,7年間になりますが、自殺者が3万人を超えて毎年、増えています。しかも、めっきり増えているのが50、60代の男性です。米国も厳しい状況ですが、日本も厳しさの中にあり、毎日のように政界、経済界でいろいろな問題がニュースに飛び込んできます。この間も社長が自殺したとありました。50、60代の男性------「人生というのはこうやったら生きていける」というような人生の秘訣を身につけているはずの世代。どんなことがあってもこわくないはず、心配がないはずの年代です。「おれの力、努力でやっていける」と生きて来られたはずの人たちが、自分の命を絶っていかなければならない現実もあるのです。そんな時、わたしたちが本当に神様に叫び、イエス様に叫び求めることができたら、どうだろうと思えてなりません。

日本での私たちのテレビ番組は「ライフ・ライン」という題ですが、もう17年目に入りました。その番組が始まってすぐ、埼玉のMさんというご一家が、幼稚園をされていて、取材しました。ご一家に2人のお子さんがいらして、お兄ちゃんが大学生、弟がJ君という名前で、高校生でした。彼は、ある頃から睾丸がとても痛み、夜も眠れないくらい痛みました。どうしようもなく、お母さんに痛みを訴えると、すぐに大学病院に連れて行かれました。検査の結果、睾丸に癌ができていて、肺に転移しており、脳にも転移しつつあるというのです。そして、このJ君が診断を受けた日は、何と皮肉にもMさんご夫婦の結婚21周年の記念日だったそうです。その日に、J君は助からない、助かっても植物人間か、と言う診断がおりたのでした。

長時間の手術が始まり、その間、全身が痙攣してしまい、お医者さんももう駄目だと思った瞬間があり、彼は死線をさ迷ったそうです。教会では「連鎖祈祷」と言って、24時間、誰かが祈っているという「祈りの輪」が広がりました。そして、J君は死線をさ迷いながらも癒されました。私たちが取材したときには、抗癌剤のため髪の抜けた頭に帽子をかぶりながら、幼稚園の送迎バスのヘルパーをしていました。

彼は、今は30代半ばになるでしょうか。ついこの間、お父さんにお会いし、彼の様子を伺った時、お父さんは「いや、Jは元気ですよ。軽い発作が起きて、バタンと倒れるときがありますが、元気ですよ」とのことでした。助からないと言われた彼が、30代半ばまで神様に命が永らえられていることの素晴らしさを感じます。

当時の取材の一つにありましたが、ある時、J君のお母さんが近所の奥さんにお会いし、その方が、「J君、大変ね。大丈夫?あなたの身体のことも心配よ。」と同情を寄せながら言ったそうです。そして、「あなた、悪いけれど、私、いつも気になってあなたのことを見ていたの。でも私が見ているかぎり、あなたの顔から笑顔が消えた日はなかったわ。あなたは一体、どこで泣いているの」と聞かれたそうです。

彼女は、私に「先生、ありがたいことです。私たちには涙を流す場所がある。イエス様という方がこの地上で、ご自身が涙を流して、病を引き受けて生きてくださった。イエス様という方が、私たちの家族の、Jの苦しみを引き取ってくださっている。嬉しいです。」そう言って、目に涙をいっぱいためながら話してくれたことを忘れることができません。

また、私は男ですから、J君がお父さんについて、話してくれたことが忘れられません。彼は、「僕ね。親父って、長い間、粗大ゴミだと思っていました。でも、ある日、親父の部屋から僕の名前を挙げて、親父が絞り出すような声で祈っているではありませんか。Jを助けて欲しい。癒して欲しい。神様、わしの命をお取りになっても良いから」と祈っている声を聞いたら、僕は親父が偉大だと思いました。」と言いました。それで、私はお父さんに言いました。「粗大ゴミが偉大ゴミになりましたね」と。(笑)

そのお父さんが、言われました。「わしらは祈ることができる。わしらの叫びを聞いて下さる方がいる。何と言う有難いことだと思う。」------私は、このお父さんの言葉を、まさに50代、60代の、人生の戦線で命を掛けて闘っておられる方々に聞いて頂きたいと思います。「わしらは祈ることができる。わしらの叫びを聞いてくださるお方がいる」ということ。本当にそういう意味で、「わたしがあなたがたを休ませてあげよう」、萎んだ魂を「豊かに生き返らせてあげよう」、疲れた魂を「癒してあげよう」、そう言って下さるお方、イエス様に全てを打ち明けていくことができる人生はどんなに感謝だろう、素晴らしいことだろうと思います。

このイエス様に重荷を下ろすことができる、この天地万物を造られた、宇宙大の神に訴えることができる、叫ぶことができる、打ち明けることができる、任せることができるのだということを出来る限り多くの方々に伝えていきたいと思います。                
(2月の白百合会月例会でのお話より抜粋)