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歌集『とこしえの道』出版のいきさつ
S・泰子
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「今年のバースデーに何が欲しい? どんなパーティにしましょうか?」
と主人が聞いてくれた時、私はためらわずに、
「歌集を出版したいの。でも自費出版だからお金がかかるの。」
「いくらくらい?」
「新車の半分くらい。」
「オッケー。」
「ありがとう。私の60才のバースデーは、きっと最高になるでしょう。」
こうして、長い間の夢が現実となる運びとなりました。
まず、歌集の題をどのようにするか、祈り始めました。そして、聖書の「詩篇」第1篇から読み始めました。数日後、詩篇139編24節からの、
「わたしをとこしえの道に導いてください。」
この御言葉が深く心に示され、平安な思いに満たされた時、『とこしえの道』に決めました。
私は、人生の中で大切なことを決める時や、決断を迫られた時、いつも詩篇を読み始めると同時に、そのことに関して集中して祈ります。そうすると心に強く響く御言葉に出逢います。
日本で多くの歌集が毎週、出版されます。多くの方はしゃれた、インパクトの強い題名になさいます。よく知られている「サラダ記念日」とか「チョコレート革命」とか、あるいは「はじめての雪」です。イエス様を救い主として信じている者にとって、私の生活の全てが証しであり、主の栄光のためです。おかれている立場で与えられている仕事や趣味の全てをもって、主の愛にお応えしてゆきたいと思っています。心からの叫びや祈りや感動が、五・七・五・七・七の三十一音となってあふれたものを私はずっと書きとめてきました。
信仰と短歌--------ほとんど同時に十代の頃から裡にあるものが成長してきたものです。神の愛が、御目が私に注がれているという意識と、私の罪が赦されているという喜びで、この大自然の光や風、草花が輝いて見えた日のことをはっきりと覚えています。
その喜びや感謝を表現したいと思った時、私は“短歌”という表現方法を選んだのです。いつでも、どこでも書きとめることができるのが短歌です。そして、日本人で日本語を話すことができる人なら誰でも詠うことができるのが短歌です。
言葉の力を信じていることは、神様の御言葉の一字一句を信じていることと同じです。人生観や思想、そしてものの見方、生きる姿勢というもの、恥ずかしいことや人に隠しておきたいと思うことも、三十一音によって、表現されて、世の中に出て行きます。いろいろの批判を受けたり、批評されます。私は海外在住ということで、批評が甘かったり、厳しかったりします。文学者や評論家や批評家の多くの方は、現在のアメリカ嫌いの傾向がありますから、時としてアメリカ在住35年の私に批判の目が向けられることがあります。どんな時でも誰に逢っても、私は穏やかに接することができるのは、体の底からイエス様に救われているからです。
『とこしえの道』には多く、娘との関係が詠まれています。娘がティーンエイジの時、S氏が亡くなりましたので、それから特に母娘がピッタリ寄り添って生きてきたのです。これからお子様がティーンエイジになられる方々にとって、皆、同じ思いと祈りで子育てをしているのです。子どもをアメリカで育てる人生のチャンスが与えられていることを感謝して頂きたいのです。
子どもによって育てられ、鍛えられてきた私です。今年の年末年始は久しぶりに娘と過ごすことができ、今は娘から注意され、助言されている母親です。
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父の血を濃くひく吾娘の横顔を照らして花火はたかだかと展く
その花を百本ください花桔梗頑張ってきたわたくしのため
背のびしてのぞいて見れば濁色のわがすぎゆきが息づいており
死顔にふれし左手その日より底なき他界の寒さを知りて
自らの枷解くごとく顔あげよ朝のシャワーのいきおいの中
『とこしえの道』より