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ハッピーイースター!
G.圭子
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イースターおめでとうございます!
この時期になると街の中でもこの会話を聞かれる方も多いことでしょう。お店にも、淡い春らしいパステルカラーの籠や玉子やウサギやヒヨコの飾り物、お菓子が並びます。「なんだか分からないけれど、楽しそうな春のお祭り!」と思われていられる方も多いでしょうね。
お子さんと御一緒にエッグハントを楽しまれる方もいるでしょう。大都会では、花や鳥の付いた大きな、素敵な帽子をかぶって歩くイースターパレードがあったりします。色々な形で、人々がキリスト教の「イースター(復活祭)」を祝う為に始めたのでしょう。でも「復活祭」ってなんでしょう?この頃は一般社会でも『復活』と言う言葉が出て来ますが、、、。
クリスマスは、今では知らない人がいないくらい世界中の人がお祝いしています。これは救い主として生まれた、イエス キリストのお誕生日ですね。でも、もし「イースター(復活祭)」が無かったら、このクリスマスの本当の喜びの力が失われてしまう程、「イースター」はキリスト教にとって、とっても大事な日なのです。簡単にお話しするのは超難しいけれど、まとめてみます。
2000年前、イエス様は、希望の無い世界(今の世も同じかな?)に救い主として生まれました。そして神の子であるのに、文字通り人間としてのあらゆる悲しみ、苦しみを経験されました。しかし、その行いとお言葉は、いつも真実で罪が全く見当たりませんでした。その全く罪の無い方が、罪人として十字架に掛けられたのです。
イエス様が(信じられない位の深い愛ゆえに)、積極的に人間の持っている罪をあがなう為に十字架に架かって下さった、と言う方が正しいかもしれませんね。神様は独り子のイエス様を十字架に架ける程に、この世の人を憐れまれました。愛しておられるのです。人の罪はそれ程重いもの、命をもってあがなわれなければ救われないものなのです。 難しくなって来ましたか?
聖書の中には有名な、次の言葉がありますよ。ヨハネによる福音書3章16節です。
『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子(キリスト)を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』
普通ならお話はここで終わりです。凄い事をして下さったけれど、かわいそうに『死んだら終わり』よ、と考えるのが世の常ですから。ところが、です。イエス様は完全に死んで、お墓に葬られて3日目によみがえられ、弟子達に「復活の姿」をお見せになりました。これが『イエス様の復活』です。奇跡です。大変な事が起こったのです。ヒヤーッ!です。もし皆さんの愛する人が亡くなってしまったのに、3日後に生きかえったら!本当に喜び踊るでしょう! イエスの弟子たちも十字架の意味も分からず、これで終わりか?と暗黒、絶望、無気力の中にいましたが、復活のイエス様と再び会えて、本当に喜び、生きる力が湧いたのです。これが超簡単なイースターの、イエス様のよみがえりの説明です。(詳しくは聖書を読んでください。牧師先生に聞いて下さい。)
これは『死が終わりではない』事をも指し示しています。死と言う絶望、恐怖を乗り越える大きな希望が復活のメッセージです。死の壁や暗い問題をも打ち破る力がキリストにあることをも語っています。ですから私達はクリスマスに負けないくらい、このイースターを喜びます。
そして、イエス様が復活された日が日曜日だったので、キリスト教会は日曜日に礼拝を守っているのです。毎週イースターをお祝いしている様なものです。死の壁をこえる力を毎週、頂くのです。礼拝をぜひ覗いて見て下さい。
玉子がなぜ使われるのかな? なぜチョウチョが描かれたりするのかな? どちらも玉子からヒナが、さなぎからまったく形の違うチョウチョが生まれる姿を復活につなげたものでしょう。ウサギも汚れのない白を表している様です。とっても面白い発想ですね。
信じられないような奇跡の話が、聖書には沢山出て来ます。「難しいー!」って、つまずきそうになるかもしれないけれど、でもひとつひとつの記事には深い深い意味があって、私達の心と身体の力になるんです。御一緒に読んでみませんか? イースターは嬉しいお祝いの時です。クリスマスの様に御家族の皆さんと御一緒に教会でイースターを楽しみましょう。お待ちしています。
イエスは言われた。
『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、
死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。』
ヨハネの福音書11章25—26節