岩渕まこと・由美子コンサート 9/22/06より一部抜粋
岩渕まことさん、由美子夫人、榊原寛師のお話し
<岩渕まことさん>
26年前に教会に行き始めるようになりました。それ以前は、自分は暗い人間で、コンサートをしていても、来てくださった方もなるべく不幸にして帰そうというような(笑)ものでした。それが、イエス・キリストを心に信じて、変わったことがあります。それは、開かれたドアから出てみようと思うようになったことです。それまでの僕は、開かれていなくても、出たいドアを何が何でもこじあけてでも出ようと思って、いろんなことをやっていたんです。開いていても嫌なドアからは絶対、出て行かなかった。自分の好きなドアからだけ出ていこうとしていました。でも、自分が神様に「生かされている」と知ったときに、開かれているドアから出てみようと新しい歌の仕事もするようになったんです。その一つが、大人も歌えるという、アニメの歌で、「ドラえもん」の映画の歌でした。『心を揺らして』という曲です。
<岩渕由美子さん>
主人とは高校時代に出会ったんですが、その頃の彼は、今のサイズの半分位で(笑)、髪を腰まで長くしていて、ヒッピー・スタイルでした。すごく暗い人で、虚しさをいつも背負っている、蔭だけみたいな人でした。彼の心に空いている空洞を埋めるのは、きっと私なんだと思って、教員だった父の大反対を押し切って、プロ・デビューをするため東京に先に出ていた彼を宮城県から追いかけて、入籍だけの新婚生活を始めました。
その後、彼がイエス様と出会ったということで、いろいろと、彼が信仰をもつことに対して迫害しました。その理由は、何でも彼のことは知っていたつもりーーー友達も同じ、思い出も同じーーーという私達だったのに、彼が、私の知らないイエス・キリストという
方に出会ったことによって、元気になっていくのは嬉しいのだけれど、何だか不安な気分になったのですね。それで、いじめたり、、、(今は本当に申し訳なかったなと思っているんですが)。 やがて、彼が元気になっていくのを見ていてああ、本当に神様がいらっしゃるのかもしれない、という思いが与えられて、私も教会に通い始め、一緒に洗礼を受けました。彼の心の空洞を埋めたのは、私ではなくて、「イエス・キリスト」というお方でした。
「贈り物」という歌は私達の大変辛い経験から生まれて来ました。私達には3人の子供が与えられ、その一番上の娘のあきこが小学校1年の夏のことでした。脳腫瘍が発見され、それは左側の脳に、赤ちゃんのこぶし大の大きさの腫瘍があって、「彼女が生きていることが説明できません。もう手遅れです」とお医者様は仰いました。8時間の予定で手術が行われることになりました。私達がお医者様に呼ばれて言われたのは、「ご両親はクリスチャンだそうですね。是非、祈っていてください」とのことでした。手術が終わったのは27時間後で、その病院が始まって以来の大手術でした。手術室から出てきた娘は沢山のチューブを身体に付けていましたが、温かい体のままでした。娘の手を握って、「あっこ、頑張ったね。イエスさま有難うございます」と祈ったときに、声は出ませんでしたが娘の唇が「アーメン」と動いたのを今でもよく覚えています。とても大きな手術で、左側の脳を全てとった形でしたので、右半身が全く動かなくなり、片目も閉じたままになりました。手術前、お医者様に左側の脳が言葉を司る部分なので、手術後は、言葉は無理でしょうと言われましたが、簡単な「バイバイ」とか「ママ」とか言うことが出来、そんな励ましを頂きながら私達の闘病生活が始まりました。
本当にいろんなことがありましたが、その中でも忘れられない、クリスマスの思い出があります。クリスマスの時、私が、何気なく娘のベッドのそばで声をかけました。「あっこは、保育園で2年間も続けて、クリスマス会の劇のマリア様の役だったよねぇ」と声をかけると、片言しか話さない娘が一生懸命話すんですね。「なぁに?」とよく聞き直してみると、それは、こんな言葉でした。「私は主のはしためです。どうぞあなたのお言葉どおりこの身になりますように。」―――これは、聖書のルカの福音書の中にある御言葉で、天使がマリアに
現れて、「あなたにイエスが授けられますよ」と告げたときにマリアが天使に語った言葉で、娘のマリア役のセリフでした。こんな過酷な状況の中で語ったその娘の言葉は、私には娘の、神様に対する信頼の言葉として受け取れて、涙が溢れて止まりませんでした。娘は、大きな神様の支えの中で、1年2ヶ月の闘病生活を終えて、天国へ帰って行きました。
そして、いろいろなものを片付けなければと、重い腰を挙げて、病院から持ち帰った荷物の整理を始めたときでした。その中に小さなアルバムがあって、それを開くと、そこには娘の8歳のお誕生日の写真がありました。意識がないまま横たわっている娘と、その横に8本のろうそくがともされたケーキ、その脇で、私が「ニッコリ」笑って、娘の手をとって“ピース”をしている写真でした。
あれほど神様に支えられていたはずでしたが、その写真を見た時に私は自分でも意外でしたが、大パニックになりました。なんで、こんな状態で私は笑っているんだろう。こんなはずじゃなかったじゃないか。神様は酷すぎるじゃないか。娘を返して。そして娘の状態に気づかなかった私のせいだ。私が娘を殺してしまったんだ。そんな風にどんどん追い込まれていって、それから毎日、毎日泣く日々が続きました。ある時は、台所に立っていると、いろんなことが思い出されて、夏休みの、算数の宿題をやっていない娘を呼んで来て、「3+5は?」「2+2は?」------「わからない。」--------「1+1は?」------「わからない」と答える娘に「ママを馬鹿にしてるの!?」と言って、ひどくしかったこと。「頭が痛いから」と言って嫌がるのに無理矢理に髪をシャンプーしたりしたこと。いろんなことを思い出しました------ああ、私は生きていてはいけない、としゃがみこんだ時でした。とても不思議ですが、心に響いてくる言葉がありました。それは「もう自分を責めるのは止めなさい。私はその時にもその場に介在していました」という言葉でした。「介在」なんて、普段自分では使いませんので、私は神様が個人的に私に語りかけてくださったのだ、と信じました。「神様、私は生きていていいんですか?」------「生きていて良いんだよ」と、そんなやりとりがあって、赦されて、また元気を取り戻しました。暫くして夢を見ました。それは、イエス様が座っていらして、そのそばに娘がいて、イエス様はしっかりあきこを抱えてくださっていました。娘が右手を挙げて、「ママ、こっちは良いよ」と言っている夢でした。本当に私はほっとしました。今、娘はイエス様と天国にいる。そして、私達も天国に行ったらまた娘に会えるという大きな希望を頂いていることを心から感謝して生きています。
小児病棟の午前中というのはとても辛いものです。午後の面会時間までに子供たちが落ち着くようにと、午前中に集中して辛い治療がなされます。あちこちの病室から子供たちの泣き声や悲鳴が上がります。私達も娘の傍らにいて、娘の泣き叫ぶ姿をただ見ていることしかできませんでした。―――そんな中から十字架にかかったイエス様を天から見ておられる、天の父なる神様の思いを歌う『父の涙』という歌が生まれました。
<岩渕まことさん>
私達は3年前にもこのベイエリアにお招き頂いて、来たのですが、丁度帰ったあとすぐに、彼女に乳癌が見つかりました。毎年検査をしていたのですが、7月の検査ではみつからずに、帰ったあと、9月に見つかりました。確実に悪性だということが分かりまして、10月の始めに手術をして、苦しい治療をしばらく続けました。彼女の身体も心もどんどん落ちていくのが傍にいて、分かりました。年が明けてある朝、起きて、彼女の第一声が、「私、もう駄目かもしれない」というものでした。高校のときから、彼女の、そんな悲しい言葉を聞いたことがありませんでした。もう僕も何とも言えない気持ちでしたが、その時、彼女に相応し
い言葉を見つけることができませんでした。しばらく黙って、時間が過ぎて行ったんですが、その静けさの中から鐘の音が聞こえて来るような気がしました。「生命の鐘」の音、生かされているのだから「生きよう」「生きよう」と鐘が鳴っているような、、、。「生命の鐘」の音が僕らの周りを包んでくれているような気がしたんです。言葉は上手くかけてあげられないけど、応援の歌なら作れるな、と思って出来たのが、『誰かが鐘を鳴らしている---永遠の鐘』という歌です。
<榊原 寛師>
お二人の歌を楽しんで頂けたでしょうか。ご夫婦をしばらくやっていると良い夫婦になるもんだなぁと、つくづくお二人の姿を眺めさせて頂きました。けれども、今日まで、涙があり、苦しみがあり、痛みがあり、「死にたいんです」という叫びがあった。そんな中で、イエス様はいつもご一緒。このイエス様と共に二人が生きてこられたことのゆえに、あの笑顔があり、輝きがあり、また皆様との出会いがあったんだなぁと思います。
さて、聖書の中にイエス・キリストが直接、お話しくださったお話があります。ヨハネの福音書14章6節に、イエスは彼に言われた。「私が道であり、真理であり、いのちなのです。私を通してでなければ、だれひとり父(神さま)のみもとに来ることはありません」と仰いました。考えてみたら、ものすごいことを仰ったのではないかと思います。私が今、ここで「私はスーパーマンです」なんて言ったら、おかしい人だと思いますよね。イエス様の時代に「「私が道であり、真理であり、いのちなのです」とイエス様は言われたので、「あいつは気が狂っている」なんて言われ、十字架に追いやられていくのです。でも、イエス様は依然として、そう言い続けて、結果的にはイエス様が、神様の「御国」に、「永遠のいのち」に行くことができる「道」そのものになってくださったのです。世界には、いろいろな道がありますが、その道がどこに続いているかが肝心ではないでしょうか。イエス様が私の人生における「道」になってくださっているばかりではなく、「永遠の命への道」そのものになってくださっているのだと思います。
小説家の三浦綾子さんをご存知だと思います。ご存知のように若い頃、肺結核を患い、カリエスになり、ギブス・ベッドで固められていました。三浦光世さん(後に綾子さんのご主人になられました)のところに一通のはがきが届いたそうです。葉書を出した方は、光世さんというお名前から女性だと思われたのでしょう。葉書にはこうありました。「私の友達が入院してギブス・ベッドに固められています。是非、お祈りとともにお見舞いに行ってください」とあったそうです。光世さんは「会ったこともない、聞いたこともない人だけど、病院は知っている。困ったなぁ、、、。相手は女性だ。もしかして、自分を女性と思って、この葉書を寄越したのかなぁ。ま、行かなければ」とお見舞いに行かれました。綾子さんの病室に入って、自己紹介しました。
光世さんが私に言われるには、「私が綾子に会って、初めて歌ったのが“主よ御許に近づかん”という歌なんです。(まもなく彼女は、神様の国に行きますので、歌います。どうか安らかに天国に行かれますように)という思いで、、、。(笑)聖書の箇所はヨハネ14章2-3節、イエス様が、『あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所が備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。』だったんです。ところが、そのあと、綾子は少しずつですが、元気になり、私と結婚したんです。そして『氷点』が懸賞小説に当選し、その後「道ありき」の3部作、、、と書き続けてきました」と。
私は、ある時、旭川の三浦ご夫妻のお宅をお訪ねしました。彼女は癌に冒され、苦しい闘病の日々でしたけれど、「先生、ちょっと起こしてください」と言って起き上がって、「先生、イエスさまの愛を伝えたい、神様の愛を伝えたい」と仰るのです。やがて、彼 女は、パーキンソン病で身体の芯まで痛めつけられながらも、私にはまだ仕事がある、「神様の愛を伝えたい」、「死ぬ最後の仕事」がある、と仰いました。------亡くなられた翌年、お訪ねすると、光世さんがこんなことを仰いました。
「先生、綾子は今ごろ、何をしているんでしょうねぇ。」
「私に聞かれても分かりませんねぇ。でも小説は書いておられないでしょう。口述筆記をされていた光世さんがここに居られるのですから、、、」と共に笑いました。
「でもね、綾子さんがこの世で苦しんだ苦しみも、流された涙もみんな癒されて、『私をこんなに愛して下さっているイエス様を褒め称えて、感謝です。私の人生、あなたが「道」そのものになってくださったからこそ、あなたを信じて、あなたに任せてあなたの許にやって来ました』と、きっと感謝や喜びを歌っていらっしゃるんじゃないでしょうか。」「そうですかね」と光世さん。
岩渕さんのあきこちゃんもたった8年の人生。なんために生まれてきて、なんのために苦しまなければならなくて、どうしてそんなに早く死なねばならないのか。―――皆さん、私たちの人生には、いいえ、お腹の中で命を絶たれて出てこなければならない流産という本当に悲しいことや、幼い頃、あるいは若いうちにお子さんを亡くされることもあります。
50代、60代あるいは、先日お会いした、聖路加病院の日野原重明先生のように94歳でお元気でいらっしゃる方や、100歳まで元気で過ごせる人たちがいれば、生まれてすぐに召されなければならない人もいます。―――何で? どうして?ということがあります。でもあきこちゃんの人生は決して無駄ではなかった。人間、一年でも一日でも長く生きることに越したことはありません。皆さん、どうぞ元気で、健やかで、笑顔で、感謝で一日も長くご夫婦で、いえ、一人残される悲しい現実があるかもしれません。でも神様の御国で再会できるという望みを持ちながら、一日も元気で長生きして頂きたいなぁと思わされています。でも長く生きることの素晴らしさと同時に、たとえ短くても、その人の人生がどういう人生であったか、どのように生きたかということが、その人の人生の50年分も100年分もメッセージを託していくのではないかと思わされています。
イエス様があなたの人生、生涯、あなたの永遠のために「私が道です。真理です。いのちです」、そう仰っていてくださるのです。今日も明日もイエス様はあなたとご一緒です。イエス様が約束してくださっています。「見よ。私は世の終わりまであなたがたとともにいます」インマヌエル、その神様です、というイエス様が今晩、わたしに語りかける力強い御言葉は、「私が道です。真理です。いのちです。」―――あなたの「道」そのものになってくださるのです。その道は決して行き止まりでも塞がり道でもない。必ず「永遠への道」が拓かれてゆく、あなたのためにイエス様が「道」となってくださいます。「あなたのために誰も閉ざすことのない開かれた門を備えておいています」という御言葉があります。なぜなら、イエス様があなたの「道」そのものになってくださり、「真理」そして「いのち」となってくださっているのだということを是非、知って頂きたい、いえ、知るだけではなく、イエス様が私の「道」となっていてくださる、この「道」は「教え」でもなければ修行でもありません。イエス様を信じていく、大丈夫だ、心配はないのだ、と任せて行く、「道」そのものになってくださるイエス様が、今日からあなたとご一緒です。