ゼロ会の記録

司馬遼太郎「アメリカ素描」

 

速読術

アメリカ素描

失敗学のすすめ

2004年6月18日 輪講最終回 総括

今までの議論の内容をもとに、本の全体を振り返り、まとめを行いました。

ディスカッション内容

  1. 歴史学者である司馬氏が書いたものだけに、紀行文といえどもアメリカ史に触れた部分が多い。
  2. 司馬氏は2回に分けて米国を訪問しているが、1度目は西海岸を18日間、2度目は東海岸の20日強ほどの滞在である。この短期間に多くの場所を訪れ、また鋭い観察に基づき深い洞察を行っているのには感心するばかりである。
  3. 同情、推察を重視する日本と、論理を重んじる米国の対比を、色々な局面で行っている。共感する部分が多い。
  4. 多数の人に会っているが、日系人や日本と何らかのつながりがある人が多い。もし、司馬氏が日本と関係のないもしくはすくない人ともっと会っていたら、どのような観察をしたであろうか。
  5. WASPがアメリカを動かしているのだから彼らに会いたいという記述があるが、これは多少、司馬氏が意識しすぎているかもしれない。
  6. 神と個人の関係に基づくキリスト教が、「個」があまり重視されない日本では受け入れられにくいのはしょうがないことなのかもしれない。

広範な内容にわたる本だけに、短くまとめることは難しいですが、多くの参加者の方が司馬氏の深い観察力に感銘を受けました。また米国に住む我々には著者の指摘に共感できる部分が多かったのではないでしょうか。

資料はこちらです。参加者は9名でした。

2004年5月21日 輪講4回目 291-394 ページ

本の内容

  1. 第二部の前半では、ニューヨーク、フィラデルフィアを訪れた司馬氏が、後半はボストン、ポーツマスに足を伸ばし、アメリカ史に触れる。 
  2. 締めくくりとして、マンハッタンでは、ウォール街を訪れるなど、アメリカ経済やビジネスについて論じている。

ディスカッション内容

  1. メイフラワー誓約書がアメリカの最初の法となった。アメリカは法による人口国家である。
  2. ポーツマス条約交渉およびその後の小村寿太郎の誠実さは印象的である。しかし、小村の持っていた現実的な謙虚さを日本の政府、軍部、民衆は持ち合わせず、日露戦争を正しく認識できず、軍国化へと進んだとも思える。
  3. 司馬氏にとって、アメリカ滞在は刺激が強かったようだ。

資料はこちら(その1その2) です。参加者は10名でした。

2004年4月16日 輪講3回目 185-290 ページ

本の内容

   第一部で、日系を代表としたアジア系移民に興味を注いだ著者が、今度は「ワスプ」の本拠地、「東部のエスタブリッシュメント」を確認するべく訪米する。
 文学的伝統を継承するアイルランド人、アメリカ独自の文化を継承するアフロ・アメリカン、法の国家を設計図を船の上で作り上げたイギリス人などを通して、「アメリカ文明と文化」の探索が再び始まる。

ディスカッション内容は、資料の最後のページにまとめられています。参加者は8名でした。

104_0428.JPG (112949 バイト)  おいしそうでしょう。議論の前にまず食欲を満たします。

104_0432.JPG (117990 バイト) 今回のスピーカーです。

 104_0436.JPG (99436 バイト) 色々な角度から意見が出ました。

2004年3月19日 輪講2回目 98-182 ページ

本の内容
  1. 第一部後半も著者がカリフォルニアを旅行した際の文章です。幅広い範囲を扱っていますが、特に、日本人移民およびその排斥やゲイの問題などについて述べられています。
  2. 日本人移民は、江戸末期の開国後、労働力としてカリフォルニアに流入しましたが、アメリカの同業者から排斥されました。さらに戦後の日米貿易摩擦は、ドルを還流させずため込むことへの反発です。ここで、注目すべきは、アメリカが日本の文化的背景を情緒的に考慮することなく、文明の基礎となる理屈、法をふりかざしていることでしょう。著者は、ペリーによる開国を、「ドアを足蹴にしてぶちやぶり、ピストルをつきつけるような西部劇のやり方」と比喩しています。アメリカには相手をコントロールしようとする姿勢がはっきりあり、またそのために法や規則を作ります。
  3. 一方で、ジョン万次郎がアメリカで高等教育を受けたように、アメリカには善意にあふれた包容力があります。
  4. 「はじめに法があり、あとから人がきた国」アメリカ。その基盤にあるのはキリスト教。

ディスカッション

  1. 上記2と3の二つの姿勢およびそのギャップは、私たち日本人が今でも感じるものではないでしょうか。アメリカ人、アメリカ社会に優しく受け入れられた経験と厳しく拒否された経験をみんな持っています。
  2. アメリカでは相手をコントロールする能力、例えばディベート、が要求されます。この能力はアメリカの教育において自然に身につくものであるようですが、日本人には難しいものです。特に自己表現能力に差が出ます。
  3. 日本では町、村、会社など個々の文化がルールになります。明文化されないことも多々あります。一方、アメリカでは色々な規則をまず定め、さらにそれを、ときにあつかましく、施行、強制します。前者を文化、後者を文明と呼んでもよいかもしれません。

資料はこちらです。参加者は6名でした。

2004年2月20日 輪講1回目 1-97 ページ

  1. この本は、司馬遼太郎氏が、80年代前半にアメリカ各地を旅行した際の紀行文ですが、文化論、文明論など幅広い分野を著者一流の観察の鋭さ、洞察力で書き記したものです。
  2. 第一回目は、著者がカリフォルニアを旅行した際の部分で、ロサンゼルス、サンタバーバラ、サリナスなどが舞台です。
  3. 文明と文化の差及び定義について話が盛り上がりました。文明は異民族、異国間で共有できる普遍的なものではないか。一方、文化は、他社とは異なるものであり、伝統などと結びつきやすい。
  4. アメリカは文明を発達させるのが上手ではないか。これは、アメリカの多民族性に起因する。
  5. カリフォルニアには、シリコンバレーには文化はないかあるのか、多様な意見が出されました。

資料はこちらです。参加者は10名でした。